診療室からのメッセージ
もの忘れ外来
- 札幌白石記念病院
脳神経外科医師
松村 茂樹氏 - 1983年札幌医科大学卒業。2025年4月札幌白石記念病院入職。同年9月医療DX推進室長兼務。日本脳神経外科学会認定脳神経外科専門医。日本認知症学会認定専門医・指導医
認知症の治療は、軽度認知障害(MCI)から治療できる新たな時代に。早期発見・認知機能回復のためにも「もの忘れ外来」に相談を
誰にでもある「もの忘れ」
脳の老化? それとも認知症?
「人の名前が出てこない」「昨日の夕飯は何を食べたのか思い出せない」といった「もの忘れ」は誰にでもあるものです。しかし、年齢が上がるとともに「認知症では?」と心配になることもあります。それに対して、正しい結論を出してくれるのが「もの忘れ外来」です。
「もの忘れ外来」では、問診と検査を行うことで、もの忘れの原因を調べ、認知症かどうかを診断します。認知症の原因で一番多いのがアルツハイマー型認知症で、そのほかにも脳血管疾患が原因となる血管性認知症など、いくつかの種類があります。認知症は根本的に治すことはできませんが、内服薬などで症状の進行を抑え、生活機能の維持を目指すことが可能です。さらに、薬物療法は症状が早期なほど効果が期待できることが分かっています。その意味でも、認知症の治療は早く始めるほど良いので、早期の段階で発見するためにも「もの忘れ外来」があるのです。
もの忘れの代表的な検査は、認知機能を調べる神経心理検査(高次脳機能検査)で、質問に答えていただいた内容を点数化します。しかし、それ以外に家庭や社会での生活に支障が出ていないかということも判断基準になるため、詳細な問診も重要です。さらに、脳のMRIやCTによる画像検査、脳血流を検査するSPECTや脳波検査、血液検査を行い、認知症の原因が何かを調べ、総合的に判断します。
新たな概念「SCD」と新薬登場で
重要となる「もの忘れ外来」の役割
検査で認知機能の低下が認められても、生活に支障が出ていない場合は、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)と診断されます。MCIは健常と認知症の中間にあたる状態で、後に認知症に移行することもありますが、早期に積極的に生活習慣を変えることでMCIから回復することも知られています。その意味では、MCIであっても用心するに越したことはありません。
さらに、最近注目されているのが健常とMCIの間に主観的認知機能低下(SCD)という状態があることが分かってきたことです。これは神経心理検査では異常はないものの、患者さん自身が「もの忘れを自覚する状態」を言います。そしてデータ的には、SCDの患者さんが今後MCIや認知症になる危険性が、もの忘れを自覚しない方に比べて約2倍あるといわれているため、SCDであっても定期的に経過を観察していくことが重要だと思います。また、現在はSCDの患者さんの中でもどういう方がMCIに進行するのかという研究も進んでいます。
「もの忘れ外来」が注目されるもう一つの理由として、2023年12月からアルツハイマー病によるMCIおよび軽度認知症を対象として抗アミロイドβ抗体薬(日本ではレカネマブとドナネマブの注射薬2剤が承認)という新薬が使えるようになったことが挙げられます。従来の認知症の治療は、認知症になってからの症状を和らげるための内服薬による対症療法でしたが、新薬はアルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβタンパク質を取り除くことで、アルツハイマー病の初期病態での進行抑制が期待できる最先端の治療薬です。この新薬は、認知症の前段階であるMCIの段階で使用できることから、認知症治療は、その前段階のMCIが治療対象となる新たなステージを迎えたと言えます。そして、MCIの患者さんを正確に早期に判断するためにも、「もの忘れ外来」の役割がこれまで以上に重要になると言えるでしょう。
今後も高齢化が進むとともに、SCD、MCI、認知症の方は増え続けると思われます。自分自身についてもそうですが、家族の様子で少しでも気になることがあれば、早めに「もの忘れ外来」へ相談してみてはいかがでしょうか。

