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健康100年人生をかなえる 歯の話

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北海道医療大学 歯学部長
古市 保志氏
1985年鹿児島大学歯学部卒業。同大学大学院医歯学総合研究科助教授を経て、2004年北海道医療大学歯学部教授。14年同大学歯科内科クリニック(現歯科クリニック)院長、19年より同大学歯学部長、同大学大学院歯学研究科長。日本歯周病学会専門医・指導医。日本歯科保存学会専門医・指導医ほか。スウェーデン・イェテボリ大学にて歯学博士取得

「食べることは、生きること」。
口の中の健康が全身の健康につながるといわれている。厚生労働省と日本歯科医師会が推進する「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020運動」もその一つ。
さらに最近では、滑舌の低下、食べこぼし、食べるとむせる、噛めない食べ物が増えてきたなど、口腔機能の低下、いわゆる「オーラルフレイル」が、全身のフレイル(衰え)にも大きく関わっていることから、健康寿命を延ばすためにも、オーラルフレイルに早く気付き、対処していくことが大切と言えるだろう。
健康100年人生をかなえるためにも、今からでも遅くはない、口の中の健康について考えてみてはいかがだろうか。

歯を失わないために
今日から始める歯周病対策

喫煙や糖尿病、ストレスや歯並びも歯周病のリスク因子に

 歯を失う原因として最も多いのが歯周病です。歯周病はいろいろな原因が複雑に絡んで発症しますが、一番重要なことは歯周病菌がなければ歯周病は発症しないということです。そして、リスク因子があるかないかによって、歯周病の進行には差が生じるということです。
 主なリスク因子として、データ的にもはっきりとしているものが喫煙と糖尿病です。たばこを吸うと毛細血管が縮まって血流が悪くなり、歯茎の細菌感染に対する抵抗力が落ちてしまうことによって歯周病菌が活性化され、歯周病の進行につながるわけです。これは糖尿病にも同じことが言えます。たばこを吸っている人と吸っていない人、糖尿病の人と糖尿病ではない人では、歯周病治療の効果も現れにくくなるのです。
 また、ストレスや歯並びによる歯の磨きづらさもリスクとなります。ごく一部には、原因は分かっていませんが、若いときから歯周病になりやすい人がいるという報告もあり、日本人では約1%、20歳代でも重症度の高い歯周病患者さんもいるということです。
 しかし、歯周病の原因として一番多いのは、歯磨きがうまくできていないことによるものです。歯垢(プラーク=歯に付着した細菌が繁殖した塊)が多く付けば付くほど重症化し、一般的には40~50歳以上になってから発症する歯茎の慢性疾患ともいわれています。ですから歯周病の治療や予防には、口の中の歯垢をできるだけたくさん取ることと、付いている時間をできるだけ短くすることが重要となります。たばこを吸う人はたばこをやめたり、糖尿病の人は血糖値をうまくコントロールすることが理想ですが、できないのであれば、より徹底的に口の中をきれいにしなければいけないということになります。

歯周病対策は、歯垢がない状態をどれだけ保てるかが重要

 そこで重要になるのが、自分で毎日行うセルフケアと、歯科医院での専門的な口腔ケアであるプロフェッショナルケア(プロケア)です。臨床研究などを見ると、歯磨きをやめて10日から2週間ほどたつと歯肉に炎症が起きるといわれているので、極端なことを言えば、セルフケアをしなくても2週の間に1回、歯科医院で口の中をきれいにしてもらえば良いということも言えるわけです。しかし、それは現実的ではありませんので、プロケアはもちろんのこと、毎日のセルフケアが重要になるのです。
 歯垢中の細菌は、むき出しで歯に付着しているわけではなく、バイオフィルムとして付着しているため、水やお茶あるいは洗口剤でゆすぐだけでは取れません。バイオフィルムは台所などに見られるヌメリと一緒で、たわしのようなもので機械的にこすらなければ取れないように、歯と歯茎にしっかりと歯ブラシを当てて取り除くということが大事になります。歯磨き粉や洗口剤も殺菌作用や消毒作用のあるものを使うことでプラスαの効果が得られると思いますが、とにかく大事なことは歯ブラシなどを使って機械的に歯垢を取り除くことを意識しながらセルフケアを行うということです。
 次に、歯磨きは1日何回行えば良いのか、いつが良いのかということです。虫歯に関しては、いろいろと議論があり、食べたらすぐ磨いた方が良い、少し時間を置いてから磨いた方が良いなど、意見が分かれているのですが、いずれにしても“食べたら磨く”という習慣が虫歯を防ぐ上での重要な考え方であることは間違いありません。
 しかし、歯周病の場合は、毎食後というよりは、1日1回でも確実に口の中をきれいにしてほしいという考え方なのです。虫歯と歯周病の原因菌は違うものであって、歯周病の原因菌が口の中に付き始めるのは虫歯の原因菌よりも少し遅いのです。ある研究では、完璧に歯垢を取り除くことができれば、歯磨きは2日に1回でも良いという報告もありますが、予防という観点では、少なくとも朝晩、朝食後と寝る前の最低1日2回は確実に歯磨きで歯垢を取っていただきたいと思います。もちろん朝昼晩と、三食ごとに歯磨きをしていただいた方が間違いはないと思います。
 では、歯をどのように磨くのが良いのでしょうか。歯磨きの仕方は、歯並びであったり、歯茎の環境や状況でいろいろと方法が違ってきます。歯と歯茎の境目のところに歯垢が付きますので、一般的には、そこをしっかりと磨くということが大事なのですが、歯の位置や歯肉の形によって歯ブラシを当てる方向や角度も違ってくるため、一度歯科医院に行っていただいて自分の歯並び、口の中の状態に適した歯磨きの仕方というものを専門家にしっかりと指導してもらうことが一番良いと思います。
 しかも、歯ブラシだけで普通に2、3分磨いただけでは、歯垢を取り残してしまいます。特に歯と歯の間や、一番奥の歯は歯垢が残りやすいため、普通の歯ブラシだけではなく、歯間ブラシやデンタルフロスなどを追加して使うということも大事です。これらの器具に関しても、歯や歯肉の状態や場所によって使い分けが必要です。また歯周病が進むと、歯と歯の間が空いてしまうため、その隙間の大きさに合わせたサイズ(3S~L)などの歯間ブラシを選ばなければなりません。さらに歯周病の治療を進めていくと、歯と歯の間の隙間の形も変わり、歯茎が健康になって引き締まってくると大きな歯間ブラシが入るようになってくるので、治療の進み具合に合わせて歯間ブラシのサイズを変える必要があります。そういった歯茎の状態などの見極めも専門家でなければ分かりにくいので、その都度、最適な器具を専門家に選んでもらうとより良いでしょう。
 歯ブラシに関しては、お好みで良いと思いますが、一つ言えることは大き過ぎないということが大事だと思います。最近は毛の生えている場所が薄いものが出てきていて、使いやすくて良いと思います。
 歯磨き粉は、虫歯にはフッ素入りが良いと言えますが、歯周病に関しては、実はこれといったものはないというのが正直な感想です。ただ、殺菌作用のあるものは良いと思いますし、新しい製品を使うことで歯磨きが楽しくなって頑張って続けられるようになれば、それはそれで良いことだと思います。

歯周病も早期発見・治療が大事
そのためにも定期的な健診を

 もう一つ大事なことは、やはり定期的に歯科健診を受けるということです。例えば、一度、歯磨き指導を受けたとしても、多くの人が3カ月、半年たつと、歯磨きの仕方は自己流に戻ってしまうことが多く、また歯垢が付きやすく残りやすくなっています。ですから、特に問題がなくても歯科を受診して口の中の状態を診てもらい、指導を受けることが大事であり、歯科の定期健診には、そういう目的があります。さらに、歯周病で治療を受けたことのある人では、セルフケアを頑張っていたとしても、体質的に再発しやすい人や進行しやすい人がいることも事実ですので、やはり3カ月に1回は歯科に通った方が良いと思います。歯周病の治療を受けたことのない人でも、できれば1年に2回、最低でも1年に1回は歯科医院でのチェックを受けた方が良いと思います。
 歯科の定期健診は、車の車検と同じです。検査を受けて問題があれば整備する。歯であれば治療を受ける。早期に整備や治療ができれば問題も小さく済みます。放って置いて問題が大きくなってしまうと、かえって整備不良や故障につながり、修理に時間も費用もかかってしまうことになり、歯であれば通院回数や治療費が増えてしまいます。その意味でも、悪くならない状態を保つために定期的に検査を受けて、常に早め早めに対応することができれば、それだけ長く正常な状態で車は走り、口の健康も長く保てることにつながると思うのです。
 また、予防のための定期健診は大切ですが、既に悪くなった状態からでも定期健診を始めることも大事です。例えば、歯周病がかなり進行してしまい、既に溶けてしまった歯を支えていた骨を元に戻すことはできませんが、骨が溶けてしまったことで下がってしまった歯肉そのものを健康な状態に戻すことは可能であり、食べたり飲んだりという生活をする上で必要な口腔機能を保つことはできるわけです。「もう年でもあるし、残っている歯も悪い歯ばかりだから」と諦めてしまうと、残せる歯も残せなくなってしまいます。余程のことがない限り、手遅れということはないと思いますので、歯科医師である私としては、救える歯を救い、救えない歯をなくす。そのためにも定期的に歯科健診を受けていただきたいところです。
 歯周病の治療に関しては、進行状態のどの段階で治療を開始するかによっても内容は異なります。早い段階であれば歯磨きだけで良くなることもあれば、歯石(歯垢が石灰化したもの)を取るだけで治ることもあります。しかし、歯周病が進行した状態にあると、歯茎に麻酔をして歯石を取らなければならなかったり、歯茎を切開して歯石を取る手術をしなければならなくなるなど、大掛かりな治療や、それにともなって通院回数も増えることになります。既に歯が数本抜けた状態であれば、ブリッジや入れ歯で噛み合わせを作る治療も必要になります。そういう意味でも、やはり早め早めに対応することができれば、治療自体も楽に済み、時間もお金も少なくて済むわけです。
 虫歯の場合には、痛みを強くともなうことがあるため、すぐに歯科医院を受診する人も多いのですが、歯周病は痛みをともなわないこともあるほか、歯磨きの際に出血をすることがあっても、しばらくすると症状が治まることもあるため、放置されていることも少なくありません。歯磨きのとき、どこか1カ所から出血が見られた場合には、他の部分でも出血している可能性があるので、少しでも異常に気付いたら、早めに歯科医院で診てもらうことをお勧めします。

100歳人生のためのオーラルフレイル対策

噛めない、飲み込みづらい
“年のせい”と諦めていませんか?

 私たちの口には、摂食した食べ物を噛んで砕いて食塊にし、そして飲み込むという、摂食・咀嚼(そしゃく)・嚥下(えんげ)機能がありますが、加齢や病気などによって全身の機能が低下する「フレイル」と同じように、口腔機能が低下する「オーラルフレイル(口腔機能低下症)」が注目されています。
 オーラルフレイルという状態は、健康と機能障害の中間にあり、元の状態に戻すことができる(可逆性がある)ことが大きな特徴であるといわれています。さらに、その人の体質や生活習慣なども影響するとされ、加齢だけが原因ではないと考えられています。
 多くの人が単に加齢にともなう機能の低下で、“年のせい”と放って置いたり、諦めているということです。人間の平均寿命が40歳、50歳という時代であれば、おそらくは一生そんなに歯を磨かなくても、適当な管理をしていても死ぬまでは歯を保っていられたと思います。しかし、現在の平均寿命は80歳代までに延びています。噛めなくなる、飲み込めなくなるという口腔機能の低下は、全身のフレイルの原因の一つともいわれていいて、それが健康寿命や平均寿命に影響を及ぼすのであれば、口腔機能が低下しないよう、口の中の健康もしっかりと保たなければなりません。

全身の健康のためにも歯と口の健康づくりを

 全身のフレイル対策では、栄養不足、運動不足、社会参加の不足を改善することが重要であるといわれています。中でも体の機能が落ちないよう、日々の運動が大切なように、口の中も毎日しっかりと歯を磨き、歯を失わないように努力する。噛む機能を残すことで、栄養を摂取する入り口部分が健康であれば、全身の健康を保つことにも効果はあるはずです。歯がないために噛めないのであれば、噛めるようにブリッジや入れ歯を作る、今ある入れ歯が合わなければ噛めるものに作り直すことで口腔機能を回復させる。咀嚼や嚥下の機能が落ちているのであれば、食べ物を噛み砕いて食塊にするために必要な舌の筋力を鍛える。例えば「あいうべ体操」といったものや、飲み込む機能を訓練するための方法もいろいろと開発されています。完全に元通りにまで回復することは難しくても、現状を維持することは期待できると思います。
 オーラルフレイルの診断には、いくつかの検査項目があり、口腔機能に関する検査を行っている歯科医院や専門の歯科医師もいますので、気になる場合は、一度かかりつけの歯科医師に相談してみると良いでしょう。また、日本歯科医師会のホームページを検索すると、オーラルフレイルのセルフチェックリストや、オーラルフレイル対策のための口腔体操なども紹介されていますので、それらを参考にしてみるのも良いでしょう。
 歯と歯茎が病気になった状態を何もせずに放って置くことは、フレイルが早く起こる可能性にもつながるだけでなく、歯周病が糖尿病を悪化させたり、歯周病による血流障害にともなって心筋梗塞などの血管系疾患にも関係してくるといわれています。また、認知症も噛むことと関係しているといわれ、歯周病と認知症に関する研究も進んでいます。逆を言えば、歯周病の予防と管理によって血糖コントロールがうまくいけば糖尿病も改善され、さらには認知症も予防できる可能性があるということです。オーラルフレイルのみならず、全身の病気を防ぐという意味でも、歯と口の健康は大事です。
 最近では、口の中に歯周病菌が増えてくると腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう=腸内フローラ)にも悪影響を及ぼし、いろいろな病気の発症にも関係するといった研究が進んでいます。口の中の健康を保つことで腸内環境を良くすることができれば、消化器がんをはじめ、いろいろな生活習慣病への影響も少なくなるだろうということです。

増えている大人虫歯。高濃度フッ素配合の歯磨き粉がお薦め

 歯周病が進むと、歯を支えている骨が溶けることで歯茎が下がってしまい、歯の根元の部分が見えるようになり、歯が長くなったように感じます。この歯の根元の部分は、本来見えていた歯が硬いエナメル質で覆われているのに対して、象牙質が丸出しであるため、実はより虫歯(う蝕)になりやすいのです。これを「根面う蝕」、あるいは「大人虫歯」と言います。
 近年は、子どもの虫歯は減っているのですが、この大人の虫歯が増えているのです。大人虫歯は進行すると、その部分から折れることもあるため注意が必要です。最近では、以前の1000ppmくらいのものから1500ppmくらいと高濃度フッ素が配合された歯磨き粉が市販されています。価格的には高くなりますが、大人虫歯を防ぐ効果は期待でき、使ってみるのも良いかと思います。

インプラントでも歯周病になることを忘れずにセルフケアを

 インプラント治療の普及にともない、インプラントを入れた周りの骨が溶けてしまい、歯周病と同じ症状に至る「インプラント周囲炎」が問題になっています。インプラントだから大丈夫と思っている人も多いようですが、インプラントを入れた歯肉もしっかりと管理しなければいけません。しかも、インプラント周囲の病気は歯周病よりも進行が早いともいわれているので、毎日の手入れには十分に気を付けましょう。

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