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CASE2 脳梗塞

時間との勝負。早期治療で脳細胞は救える
「ACT-FAST」で早期発見を

医師画像
札幌医科大学附属病院副院長
脳神経外科教授兼
脳機能センター長
三國 信啓
1989年京都大学医学部卒業。2008年京都大学脳神経外科准教授、10年より現職。日本脳神経外科学会専門医・理事。日本脳卒中学会専門医ほか。医学博士

前兆は見逃さず迷わず受診を

 脳卒中とは、「脳の血管が卒然として中(あ)たる」、言い換えれば「突然脳の血管が障害を受ける」といった意味があります。その障害は大きく2つに分けられ、1つは血管が詰まるタイプの脳梗塞と、もう1つは血管が破れるタイプの脳出血やくも膜下出血があります。昔は脳出血の割合が多かったのですが、原因となる血圧のコントロールなどで減ってきており、現在は脳梗塞の割合が増えてきています。脳梗塞には「ラクナ梗塞」「アテローム血栓性脳梗塞」「心原性脳塞栓症」の3つの種類があります。ラクナ梗塞は、脳の細い血管が詰まる小さな脳梗塞で、症状が現れない人もいます。アテローム血栓性脳梗塞は、比較的太い血管が動脈硬化によって詰まる脳梗塞です。共に頸動脈などの血管で成長した血栓が脳の血管に飛んで血液を流れにくくしたり、血管を詰まらせることで起こる病態です。
 心原性脳塞栓症は、心臓の中でできた血栓が脳の血管に飛んできて詰まらせることで起こる脳梗塞です。頸動脈でできる血栓よりも大きい血栓のため、脳血管の中でも太い血管を詰まらせ、大きな脳梗塞を起こします。原因のほとんどは心房細動という不整脈によって、心臓の動きが不規則になることで血液が固まってできた血栓が飛んでくるというものです。心房細動のほかにも、心筋症や心臓弁膜症、洞不全症候群などが原因でできた血栓が飛んでくることもあります。さらに脳の広い範囲で脳梗塞が起こると、太い血管に詰まった血栓が再還流(さいかんりゅう)することがあります。すると動脈硬化でもろくなった血管に再び血液が流れ、その刺激によって血管に亀裂が入って出血を起こすことがあり、さらに病態(出血性脳梗塞)を悪くさせてしまうこともあります。
 脳卒中には「突然に倒れる」という意味がありますが、ダメージを受ける脳の場所や程度によって症状はさまざまです。脳卒中を強く疑うべき症状として提唱されているものに「ACT‐FAST(アクト・ファスト)」があります。
「アクト」はもちろんアクション、行動です。まずは「F」。Face=顔です。笑ってみてください。そのときの顔が左右非対称になる。片方だけしか動かない。顔がゆがんでいないかどうかを見ます。次は「A」。Arm=手・腕です。両目を閉じて胸の前に手を伸ばし、手のひらを上にして5秒間停止させます。そのときに片方の手だけ下がったり、力が入らなかったりしていませんか。そして「S」。Speech=言葉です。言葉が出ない。ろれつが回らないなどです。
 これらのうち1つでも当てはまれば、脳卒中の前兆かもしれません。最後の「T」はTime=時間です。症状が出始めた時刻を記録して、一刻も早く救急車を呼ぶか、すぐに病院を受診しましょう。この時点であれば発症していたとしても軽症で済むことが期待できます。
 また、細い血管が一時的に詰まっただけで、5分、10分で再還流して元に戻ることがあります。これを一過性脳虚血発作(TIA)と言います。ただし、頸動脈などにまだ血栓の原因となるものがとどまっている確率は高く、48時間以内に本当の脳梗塞が起こる危険性が高い状態にあるともといわれているため、放って置かずに一度早めに病院を受診することをお勧めします。
ただし、ラクナ梗塞に関しては症状が現れない人もいるため、脳ドック検査を受けた際や、頸動脈エコー検査などでたまたま見つかることが多いようです。無症状でも脳梗塞は起きていて、大きな脳梗塞に進展する危険性はあるため、その場合には、患者さんの年齢や、その他の因子を加味して、再発のリスクが高ければ抗血小板薬を処方するなどの予防治療を行います。
 病院での治療は、詰まった血管の血流を再開通させることです。1つは血管に詰まった血栓を溶かす方法として飲み薬あるいは点滴で直接溶かすt‐PA治療を行います。この薬の有効時間は発症から4・5時間です。現在、北海道内では脳梗塞に気付いて病院に着くまでの所要時間が平均1時間くらいといわれていますので、遅くても発症から3・5時間以内に病院に着くことが条件と言えます。
 また、血栓を溶かす薬で効果が望めない場合や、時間的に使えない場合には、カテーテルで直接血栓を取り除くカテーテル血栓回収術を行います。以前は、頸動脈内膜剥離と言って、外科的に首を切開して狭窄を起こしている血管自体を取り出したり、現在では狭窄した血管にメッシュ状のステントを入れて膨らませるという機械的に血管を広げる方法もありますが、急性期の場合ではまれで、ほぼ慢性期の人や、脳梗塞発症前に頸動脈で飛ぶ前の血栓が見つかった人、薬だけでは治療が難しい場合に行います。

再発と術後合併症に要注意

 脳梗塞の治療は時間との勝負です。脳梗塞は中心となるコアの部分があって、時間とともにその範囲が広がるといわれています。そのコアの周囲をペナンブラと言います。脳梗塞を発症した直後には血流が低下するものの細胞はまだ生きている状態にあるため、早期に血流が再開できれば救済可能な領域と考えられ、この部分を救うことが重要となります。
 そのためにも、ご本人やご家族がいかに早く症状に気付き、救急車を呼ぶなり、病院を受診して治療に入ることができるかがペナンブラを救ううえで重要となります。治療までの時間が遅れれば遅れるほど脳梗塞の範囲は広がり、助けられる脳の範囲が狭くなります。脳梗塞とはそういう病気なのです。
 現在、脳梗塞を含む脳卒中の死亡率は、日本人の死因の第3位です。死亡率そのものは昔よりは低下傾向にありますが、高齢化が進み有病率は上昇しています。また、寝たきりなどの要介護となる原因の第1位になっています。その要因には、脳卒中にともなう言語障害や運動障害をはじめ、昨今では高齢化社会ということを背景として、排尿・排便障害、骨粗しょう症、うつ病、軽度認知障害、誤嚥性肺炎や嚥下障害、あるいは脳卒中後てんかんが起こることもあり得るなど、脳卒中後の生活の質を低下させるようなさまざまな合併症も新たな問題として臨床の現場では議論されています。
 脳梗塞の発症に関係していることが分かっているものとして、高血圧、糖尿病、脂質異常症、メタボ症候群という病気があります。さらには食生活の欧米化、運動不足、飲み過ぎ、塩分の取り過ぎ、喫煙などの生活習慣がその根源といわれています。特に脳卒中は再発しやすく、ちょっとした手のしびれや動きにくいという一過性の症状だけでも、その後に再発するという人は5年間で30~50%と実に高い確率でいるのです。その意味でも、再発防止はもちろん、脳卒中予防のためにも、発症との関係が明確とされている病気の治療はもちろん、生活習慣を改善することで脳卒中予防を心掛けることは大切と言えるでしょう。

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